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2008/03/17//Mon * 00:07
ぜろとうつつ

引用文


   一度

結果から結果を作る
翻訳の悲哀――
尊崇はただ
道中にありました

再び巡る道は
「過去」と「現在」との沈黙の対座です

一度別れた恋人と
またあたらしく恋をはじめたが
思ひ出と未来での思ひ出が
ヲリと享楽との乱舞となりました

一度といふことの
嬉しさよ


未刊詩篇の一篇
白凰社 中原中也詩集

「ぜろとうつつ」のエピローグでありプロローグです。
勝手にそう思っとります。
併せてお読み下されば嬉しいです。


   ぜろとうつつ

 彼女は算数だった。
 「あたしは零が好き、つまり空でありたいの」


 考える事を考える。彼女は苛々すると何時も視線を散らす。
ランチ前なのに店内には客が多く、其の割に誰彼もがお喋りに夢中なので、ホール仕事の女の子も厨房と雑談に興じている。
 朝のデートには丁度良い空間である。
しかし、彼女の視線はそんなノイズの間を行ったり来たりしていた。

 「零を掛ければ、何だって無になれる。」僕は相槌に愛想を加えて云った。
彼女の視線は外界を諦めてソファとテーブルに向けられていた。
深緑と橙のセットは、僕の返答より彼女を上手に慰めている様だ。
暫らく、彼女は深緑に身を埋めていた。

 「足したり引いたり、右辺と左辺を比べたり、あたしには分からない…、其の上に、等号で結ばなくちゃならないとか、公式を使えだとか、答えの提示を急かして…」

 彼女の事をソファに任せていた僕は、BGMのパーカッションに合わせて煙草を燻らせていたので、彼女の言葉を聞き逃した。
 「ニアリーイコールって知ってる?右辺と左辺を等号で結べない状況が起こると、便宜上登場させる等号みたいな物なんだけど、こんなことって卑怯じゃない?此方は蟻みたいにせっせと、大きい砂糖と小さい砂糖をあっちへやったりこっちへやったり、バランス良く運ぶ事に必死なのに」

 店員が気付かないので、同じアルバムが2周目でBGMになっている。

 「あ、ほら、さっきも流れてたやつ。この曲知ってる?」僕は少し笑ってみせてから云った。
質問を質問で返すなと彼女の視線は云う。
確かに其の通りだ。
今日の僕の選択は何時もに増して間違っているみたいだ。
僕は残りの珈琲を一口で飲み乾した。

 「何も総てを等号で結ぶ必要も無いし、実験数と理論値には誤差が生じるのと同じで、現実とは理想状態ではないんだから、其のニアリーイコールって云うのが存在しても良いと思うよ。其れに、そうゆうのがあった方がより現実味があると云うか…、もっと柔軟に考える事が出来るし…」
僕はテーブルに言葉を並べただけであった。
彼女が気に入ったらしい橙のテーブルに。
 僕は空の珈琲を啜った。
珈琲は飲み乾せば空になる。何も零を掛けたからでは無いのである。
僕は其の時そう思った。
 「この曲さっきも流れてたわね。」と、彼女は呟いた。

 店内は昼間でも薄暗くなる様に設計されていた。窓外は呆れる程の晴れだった。
普段なら、此の空間が太陽から僕を匿ってくれるので心地良いのだけれど、僕はもう店を出たくなっていた。陽射しに何か助けて欲しかった。
 此の心理作用も、僕の何かが四則計算されて、ウンザリした太陽と等号で結ばれたからなのかも知れないと、何時の間にか彼女みたいに僕は思考していたのであった。


 白昼のオフィス街を、2人ぶらぶら散歩した。
ランチタイムも過ぎ人通りは少ない。並木道は、ビルの間から逃がされた風が集まり少し寒かった。
僕はジグザグに歩いて見せたりしたが、彼女の視線は砂塵と浮き上がる落葉に、優しさを与えている様だった。
 其れから暫らくは、お互いが自分の思慮の中で歩いた。

 僕は高校時代の物理の授業を思い出していた。
原子や分子の記号を覚えさせられて、数学の公式みたいな計算式を作った。
確か、AとBを足すとCと云う物質が出来ると云う様な事だったと思う。
色んな原子や分子を等号で結んだ記憶がある。
其れから、分子は何々で如何だから安定を求める物であり、何某云々と…、もう殆ど覚えてはいないが、先生は教えてくれた。
 「分子は安定を求める…」僕は無意識に口に出していた。

 其の刹那、彼女の視線は僕を串刺しにした。

 「安定…?あたしはこんなに不安定なのに、あたしを形作る分子は安定を求めているの?一体何処に安定構造が成り立っているって云うの?」
彼女の視線は依然僕を串刺しにしたままであったが、僕に質問を投げ掛けている様子では無かった。
まるで狂人がさっきまでの自分の思考の矛盾を自分で問い掛けている様に見えた。
 しかし、2人は歩き続けている。
何ブロック過ぎたか分からないが、ビルの数は減り公園が見えた。
僕は彼女を公園に誘導して歩いていた。

 彼女は右辺と左辺を等号で結ぶ事によって、安心感を得ていた。
つまり自分自身と他人を等号記号で示せる事が、彼女を安心させるのであった。
自分に何を足したら引いたら、他人に何を足したら引いたら…等と、思考を廻らせ安定を図ろうとしているのであった。
 しかし、机上の空論と同じである。だから、彼女は零を崇敬していた。
日常に起こりうる総ての事象に対して、空でありたかった。


 零を掛ければ何だって無になれる。
あたしはそう思う。
此れはカフェで彼が云った台詞だったっけ。
でも、そんな事も零を掛ければ関係無くなるの。
誰が何を云ったのかなんて重要では無いわ。
あたしは空でありたいの。
 例え、あたしの分子が安定を求めても求めていなくても零があれば、其れすらも関係無いわ。
そう、深緑のあの座り心地の良いソファに埋まって、風に未来を握られた落葉を唯眺めてやるんだわ。
零を掛けたあたしには関係の無い出来事よ。
…でも、何時の間に公園なんかに来たのかしら。


 公園には象のすべり台、低い鉄棒、ブランコ、後は簡単な砂場があるだけだった。
砂場の前で幼児が母親とボール遊びをしている。
彼はブランコに揺られていた。



行ったり来たりするボールと、彼のブランコ。
彼女は其れ等を眺めていると、不意に、昔自分が云った言葉を思い出した。
 「あたしは貴方を必要とする此の感覚だけが安定なの」

行ったり来たりするボールと、立ち竦む彼女。
彼はブランコに揺られながら、覚悟を決めていた。
 「等号で結べなくなった僕に、きっと彼女は零を掛けて仕舞うんだろう」





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プロフィール

 上田靖(トリッシュ)

Author: 上田靖(トリッシュ)

 三重県伊賀市在住のベース弾き。

バンドでコントラバスとハーモニカを演奏(たまにチェロとエレキベース)し、ソロ活動は自作曲を歌う。

 「伊藤ユッキ×トリッシュ」をメインのバンドで関西を中心に活動、自主イベントの「豆会」と「劇場歌小屋の2階」のレギュラーライブを柱とし、「チーバンド(池マサト)」のベース担当としても活動中。
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